最終更新日 2026年9月29日 by amelie
「話し方の本って、何を読めばいいですか」
毎年春、新人研修が終わるころに必ず聞かれる質問です。
はじめまして、森下千尋です。
シティホテルでフロントと宴会予約を10年ほど担当し、いまはIT企業で受付・総務と新卒向けのビジネスマナー研修を受け持っています。
仕事柄、話し方やマナーの本は年に30冊ほど読んでいます。
ただ、たくさん読めば話し方が変わるかというと、そうでもありませんでした。
付箋だらけの本が本棚に並んでいるのに、電話口で出てくるのはいつもの言い回し。
そんな時期が私にも長くありました。
この記事では、研修で新人さんに本をすすめるときに私が見ているポイントと、読んだ内容を実際の会話で使うための読み方をまとめました。
「本を読んでも変わらなかった」という方にこそ、読んでいただけたらうれしいです。
話し方の本が「読んで終わり」になりやすい理由
本を1冊読み切るだけでも少数派
文化庁の令和5年度「国語に関する世論調査」によると、1か月に本を1冊も「読まない」と答えた人は62.6%でした。
電子書籍を含み、雑誌と漫画を除いた数字です。
話し方の本を買って最後まで読んだ時点で、実はかなり頑張っています。
それでも会話が変わらないのは、本の中身より、読み方のほうに原因があることが多いと感じています。
「分かった」と「口から出る」は別の力
読んでいる間は「なるほど、次からこう言おう」と思います。
ところが翌日、上司に急に声をかけられると、いつもの言葉が先に出てしまう。
人材開発を研究している中原淳さんは、論文「経験学習の理論的系譜と研究動向」(日本労働研究雑誌、2013年)でコルブの経験学習モデルを整理しています。
そのなかで、実際にやってみる経験をともなわない振り返りや概念づくりは「実世界において実効をもたない」と書かれています。
本を読むのは、この「概念」をつくる部分にあたります。
試して、振り返る。
この往復がないと、知識は知識のまま本棚に残ります。
敬語が正しくても、感じよく伝わるとは限らない
ホテルに入って2年目のころ、先輩から「言葉は丁寧なのに、なんだか冷たいね」と言われたことがあります。
敬語は教本どおりでした。
それなのに、チェックインのお客様の顔をほとんど見ずに話していたんです。
何年も経ってから、文化審議会の答申「敬語の指針」(2007年)を読んで、同じことが書かれているのを見つけました。
敬語の使い方に問題はなくても、お客の顔を全く見ないまま接客を済ますなど、態度が言葉を裏切っている大人も世の中には少なくない。形だけの敬語では、敬意は伝わらない。
文化庁の令和6年度の同じ調査では、敬語は今後も必要だと答えた人が94.9%にのぼりました。
必要な理由として最も多かったのは「相手を尊敬する気持ちを表せるから」で、73.2%です。
多くの人が、敬語に言葉の正しさ以上のものを求めているのが分かります。
本で言い回しを覚えても、それだけでは足りない理由がここにあります。
言葉と態度をそろえるには、実際の場面で使ってみるしかありません。
研修担当が見ている、話し方の本の選び方
書店の話し方コーナーには似たタイトルが並んでいて、どれも良さそうに見えます。
新人さんに本をすすめるとき、私は次の4つを見ています。
- 自分が困っている場面が載っているか
- 1つの場面に、言い方が複数載っているか
- 「なぜその言い方なのか」が書いてあるか
- 自分の職場の雰囲気に合わせて使えるか
困っている場面から逆算する
「話し方を良くしたい」だけだと、本は選べません。
まずは、どんな場面で言葉に詰まるのかを書き出してみてください。
| 困っている場面 | 探すとよい本のタイプ |
|---|---|
| 雑談が続かない、沈黙が怖い | 質問や相づちを扱った会話術の本 |
| 目上の人への言葉づかいに自信がない | 敬語とビジネスマナーの本 |
| 断る・謝る・注意するのが苦手 | 言いにくいことの伝え方を扱う本 |
| 会議や発表で話がまとまらない | 話の組み立て方やプレゼンの本 |
| 丁寧なのに冷たいと言われる | 言い換えや気くばりの言葉を扱う本 |
私の研修では、「断り方」「謝り方」「目上の人への返事」で悩む新人さんが特に多いです。
悩みがはっきりすれば、本の目次を見たときに「自分に必要な項目がいくつあるか」で比べられます。
1つの場面に、言い方が複数ある本を選ぶ
これは私の好みだけで言っているわけではありません。
先ほどの「敬語の指針」では、敬語の手引に期待する内容として、1つの場面について相手や状況に応じた複数の言い方を示すことと、その中から最適なものを選ぶ考え方を解説することを挙げています。
言い方が1つしか載っていないと、相手が変わったときに困ります。
候補が2つ3つあれば、社内の先輩向けと取引先向けで使い分けられます。
「なぜその言い方なのか」が書いてあるか
「この言葉はNG、こちらが正解」と並べただけの本は読みやすいのですが、応用がききません。
なぜ失礼に聞こえるのかが分かっていれば、本に載っていない場面でも自分で言い換えを考えられます。
たとえば「参考になりました」が目上の人に失礼に聞こえるのは、「参考」に「判断材料の一つ」という軽さがあるからだと知っていれば、「参考にさせていただきます」も同じ場面では避けたほうがよさそうだと自分で気づけます。
理由を知ることは、1つの言い換えを覚えるより応用がききます。
書店で手に取ったら、1項目だけ読んで、理由の説明があるかを確かめてみてください。
目次を眺めるより、そのほうが相性がよく分かります。
自分の職場の雰囲気に合わせて使えるか
マナーの本には、上品で格式のある言い回しがよく載っています。
ただ、社内のやり取りがチャット中心の会社だと、そのまま使うと硬く見えることもあります。
私も転職したばかりのころ、ホテル時代の言葉づかいのまま社内チャットを書いて、同僚に「森下さん、もうちょっと気楽で大丈夫ですよ」と笑われました。
本の言葉はそのまま貼りつけるものというより、自分の職場向けに調整するための素材と考えると、使える本の幅が広がります。
選び方に当てはめてみた1冊
この4つの基準で見て、最近、研修の参考図書に加えたいと思ったのが、マナー講師の諏内えみさんの新刊です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | 大人がしている 気くばりのある話し方 |
| 著者 | 諏内えみ(マナースクールEMI SUNAI代表) |
| 出版社・発売日 | 明日香出版社、2026年9月10日 |
| ページ数・価格 | 256ページ、本体1,600円 |
| 構成 | 全7章、101項目 |
出版社の紹介文によると、仕事、友人関係、恋愛、会食、メールやLINEといった場面で「こんなとき、何と言えばいい?」に答える101の“言葉の正解”をまとめた本です。
第5章は「頼む・断る・謝る」がテーマなので、新人さんの悩みにそのまま重なります。
出版社が公開している見本ページを見ると、1項目が見開き2ページにまとまっていて、最後に1行のまとめが添えられています。
たとえば「その『参考になりました』は失礼」という項目では、「参考」という言葉がなぜ目上の人に失礼に聞こえるのかを説明したうえで、「大変勉強させていただきました」「大きな学びをいただきました」という2つの言い換えを挙げています。
理由と複数の言い方がセットになっているので、2つ目と3つ目の基準に当てはまります。
受付の仕事をしている身として、第1章の最初の項目は耳が痛かったです。
「お待ちください」は丁寧に聞こえても形としては命令で、「お待ちいただけますか?」のように相手に選ぶ余地を渡す言い方がすすめられています。
受付では1日に何度も口にする言葉なので、翌日から言い方を変えました。
目次には「帰らない客、どう送り出す?」「別れ際の5秒は、名刺よりも強い」といった項目もあり、ホテルで働いていたころに知りたかった内容が並んでいます。
紹介文にある「気くばりとは、自分を犠牲にして相手に合わせることではありません」という一文にも共感しました。
相手に合わせすぎて疲れてしまう新人さんにも、すすめやすい考え方です。
発売から日が浅いので、ネット上の感想はまだほとんど見かけません。
内容紹介は諏内えみさんの『大人がしている 気くばりのある話し方』の商品ページで確認できます。
101項目を全部使う必要はありません。
いまの自分に必要な数項目が見つかれば、十分に元が取れる本だと思います。
読んで終わりにしない読み方
1冊から試すのは1つだけ
101項目あれば、全部試したくなります。
でも研修を見ていると、欲張った人ほど何も残らないことが多いんです。
私がすすめているのは、1週間に1つだけ。
それも「どの場面で」「何と言うか」をセットで決めておくやり方です。
- 受付でお客様を待たせるときは「少々お待ちいただけますか」と言う
- 先輩に助言をもらったら「大変勉強させていただきました」と返す
- 誘いを断るときは、先にお礼を言ってから理由を話す
「この状況になったら、この行動をする」と先に決めておく方法は、心理学では実行意図(if-thenプランニング)と呼ばれています。
ゴルヴィツァーとシーランが2006年に発表した、94件の研究をまとめた分析でも、目標の達成を後押しする効果が確認されています。
場面ごとに項目が分かれている本なら、この形に落とし込みやすいです。
次の一言に進む目安は、考えなくても口から出るようになったかどうかです。
私の場合、「お待ちいただけますか」が自然に出るまでに10日ほどかかりました。
1週間で足りなければ、もう1週間続けてかまいません。
読み返すより、本を閉じて思い出す
付箋を貼ったページを何度も読み返すより、本を閉じて「あの場面では何と言うんだっけ」と思い出すほうが記憶に残ります。
岩手大学の研究紹介ページ「憶えたければ思い出せ!:想起の学習促進効果」では、ローディガーとカーピックの実験(2006年)が紹介されています。
同じ文章を4回熟読したグループより、読む回数を減らして思い出すテストを多く入れたグループのほうが、1週間後の忘れ方がゆるやかだったそうです。
私は通勤電車で、その週の一言を頭の中で3回言ってみるようにしています。
各項目の最後に1行のまとめがある本なら、そのまとめだけをスマホのメモに写しておくのも手軽です。
使った日に1行だけ振り返る
試したら、その日のうちに短いメモを残します。
書くのは次の4つだけで十分です。
| 日付 | 使った一言 | 相手の反応 | 次に変えること |
|---|---|---|---|
| 10月1日 | 少々お待ちいただけますか | 笑顔で「はい」と待ってくださった | 待ち時間の目安も添える |
| 10月2日 | 大変勉強させていただきました | 次の資料も共有してもらえた | 具体的にどこが役立ったかも一言入れる |
| 10月3日 | お礼を先に言ってから断る | 少し間があった | 代わりの案も一緒に出す |
先ほどの経験学習でいえば、試すことと振り返ることの往復にあたります。
うまくいかなかった日こそ、このメモが次のヒントになります。
周りを1人だけ巻き込む
研修の世界には「研修転移」という言葉があります。
研修で学んだことが現場で使われ、成果につながり、それが続くことを指します。
中原淳さんの研究室ブログでは、転移を妨げるものとして「記憶の壁」「実践の壁」「継続の壁」を挙げ、上司や同僚の態度や支援が大きく影響すると紹介されています。
読書も同じで、一人で黙々と続けるより、誰かに話しておいたほうが続きます。
私の研修では、最終日に2人1組で「来週試す一言」を交換してもらっています。
同期や先輩に「今週はこの言い方を試してるんです」と伝えておくだけでも、翌週の会話が少し変わります。
まとめ
話し方の本は、選び方と読み方の両方を少し変えるだけで、使える本になります。
- 困っている場面から逆算して選ぶ
- 1つの場面に複数の言い方と、その理由が書いてある本を選ぶ
- 本の言葉は、自分の職場の雰囲気に合わせて調整して使う
- 1週間に1つ、場面と一言をセットにして試す
- 読み返すより思い出し、使った日に振り返り、誰かに話す
私自身、本棚の付箋だらけの本が役に立ち始めたのは、1つずつ試すようにしてからでした。
まずは今週、1つの場面と1つの言葉を決めるところから始めてみてください。
来週の会話が、きっと少し楽になっているはずです。
